ねことじいちゃん

 このサイトの利用者なら、知らない人はまずいない動物写真家、岩合光昭さんが初めて監督に挑むフィクション映画です。冒頭から『世界ネコ歩き』さながらに、愛くるしい猫たちの表情を見せてくれて、掴みはOK。お馴染みの「いい子だね」が、そこらじゅうで聞こえてきそうです。何と言っても見どころは、じいちゃんこと大吉さんにずっと寄り添うタマを演じるアメリカンショートヘアの雄のベーコン。オーディションを勝ち抜いて100匹以上の中から選ばれました。彼がキャスティングされたことで、この映画の出来が決まったといっても過言ではないでしょう。首との境目が分からない、いかにも岩合さん好みのでっかくてまんまるい顔。2015年3月生まれと、本来のタマの設定よりもだいぶ若いのですが、貫禄は十分。ふてぶてしい風体なのに、時々見せる、人を思いやるような趣のある顔立ち。つきっきりで追いかけるカメラの前でもどっしりと構え、食卓に肉付きのよい前足を揃えて座る図などあまりにも自然です。日頃、野良猫相手の撮影が多い岩合監督は、そんなタレント猫、ベーコンの名演技に舌を巻いていたといいます。撮影現場だけでなく、本作の公開前に先立ってメディア相手に行なわれた取材でも、ベーコンはまったく物怖じせず、監督以下関係者を感心させていたようです。

 原作は、ねこまき(ミューズワーク)さんによる同名のコミック。妻に先立たれた大吉さんは、愛猫、タマの散歩を日課とし、地元の仲間に囲まれながら平穏な生活を送っています。ある日、都会からやって来た若い女性が小洒落たカフェをオープン。老人の多い島が、にわかに活気づき、大吉さんの周辺にはちょっとした変化が訪れます。そして、大吉さんの年齢であれば避けることのできない別れや体の不調、それに伴い、大きな選択も強いられることに…。そんな大吉さん周りのストーリーの傍ら、猫には猫の事情も。タマさん、八面六臂の活躍です。ロケは愛知県三河湾沖の佐久島を中心に行なわれ、ケータイはあるけど昭和に戻ったような、のどかな景色が広がる中、人間模様、猫模様が繰り広げられていきます。 本作で監督が心掛けたことは、「よく撮ろうと思わない」「猫に何かをさせよう、してもらおうと思わない」だそう。道理で、しっぽのある「演者」たちはのびのびと動き回っていて、演技ともつかぬ自然な所作で人間の日々の暮らしに付き合ってくれています。一方で、監督は「猫のことしか考えていない」と、出演者に怒られてしまったことも。ショックを受けた監督はそれを機に、猫だけでなく人間の役者さんのことも考えて演出するようになったのだそうです。

 家族を思い、友だちを思う、猫好きのじいちゃん、大吉さんを演じるのは落語家の立川志の輔さん。監督たっての願いで初主演を決めました。クランクアップでは思わず涙してしまったそうですが、ベーコンとはのんびり同じ速度で歩くお散歩風景など、長年連れ添った本物の飼い主と猫のコンビのようです。そのほか、大吉さんの威勢のいい友人に小林薫さん、彼が思いを寄せる幼馴染みに銀粉蝶さん、いつもの勝気な女性像を封印して珍しく気立てのいい女性を演じる柴咲コウさんが、座長と1匹をしっかり支えます。岩合さんの撮る猫映画、とあれば、それだけで主要キャストも出演を快諾したのだとか。

 見どころとしてもうひとつ挙げておきたいのが、自然素材をふんだんに用いた、おいしそうな料理の数々。やもめの大吉さんが妻の遺したレシピノートを基に作る素朴なメニュー、あるいはカフェで出される島には目新しいメニューは、どれも美味しそう。『かもめ食堂』や『南極料理』などで、その手腕はお墨付きのフードスタイリスト、飯島奈美さんが、今回もいい仕事をしてくれています。

 人間と動物、風景との一体感は、まさに岩合ワールド。フィクションであってもさすがの一言です。早くから話題を呼んでいたので、心待ちにしていた方も多いことと思いますが、その期待を裏切らない、そしてある意味、予想通りの、ぬくぬくと温かい作品が生まれました。(佐武加寿子)

『ねことじいちゃん』
2月22日(金)全国ロードショー
監督:岩合光昭     
原作:ねこまき(ミューズワーク)「ねことじいちゃん」(KADOKAWA刊)
出演:立川志の輔、柴咲コウ、小林薫、田中裕子、柄本佑
配給:クロックワークス
(C)2018「ねことじいちゃん」製作委員会